モヤモヤの正体は共感性羞恥だ!

f:id:yamazaki-takashi:20160825124026p:plain

 

こんにちは。「やりなおしのマインドマップ」やまざきたかし( @yamazaki_1205 )です。

 

「共感性羞恥」とは?

ツイッターのトレンドで「共感性羞恥」というワードが挙がっていました。

 

それを見てみると、なんでも『マツコ&有吉の怒りの新党』で視聴者の投稿エピソードをきっかけに紹介されていたとのこと。

 

ザッと内容を見て「あ、これだ!」と思ったんですね。

 

「ドラマの恥ずかしいシーン」や「他人のミスを目の当たりにした時」→自分が恥ずかしい思いをした時と脳の同じ部分が働き「あたかも自分の失敗のように感じる」

 

うわーまさにこれだ。

 

matome.naver.jp

 

実は、どこかのタイミングで「映画やドラマを見るのが怖い→これっておかしいですか?」という内容の記事を書こうと思っていたんです。

 

映画やドラマを見ることができない理由

映画やドラマの展開として、どうしても一回どこかで主人公サイドを“落とす”シーンがなければ成り立ちません。

 

ずっと最高・最高・最高では盛り上がりませんし。

 

ですが、その“落とす”シーンがとてもつらく、たとえハッピーエンドのお話でもどこかでモヤモヤしたものが残ってしまうんです。

 

ぼくの場合は特に、主人公サイドの間で誤解による亀裂が生じてしまうような展開。しかもそれが敵サイドの策略によるものだったりするといたたまれなくなります。

 

学問的にどこまでが該当するか分かりませんが、ツイートを追ってみると苦手のパターンは色々みたいです。

 

特に多さが目を引いたのは「“ドッキリ”の類がダメ」という人。ぼくもダメです。仮に100パーセント打ち合わせの上で行われていたとしても苦手なものは苦手です。

 

そんなわけで、映画やドラマを見る機会が極端に少ないです

子供の頃、これではいけないと思って、ドラマの1クールで一番面白そうなものを見ようと試みた時期がありました(真面目か!?)。

 

しかし、このような感情が出てきてしまったためすぐに挫折しました。社会勉強のためにドラマを見るというのは不健全ですし。

 

それ以降、よっぽどのことがなければ見ることはなくなりました。

 

今回、感情としてそのようなことがありうるというのが分かって嬉しかった。

 

そして、10パーセントの人しかいないと聞いて何とも言えない寂しさを覚えています(笑)。逆にトレンドにあまりにも長時間残っていたので、ツイッター民は同調する人が多すぎだ(笑)。

 

それではまた!