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いじめからは逃げていい、大人になったらその人間関係はもうないから

思うこと-色々 10代の頃

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こんにちは。「やりなおしのマインドマップ」やまざきたかし( @yamazaki_1205 )です。

 

いじめからは逃げていい、大人になったらその人間関係はもうないから

学校の世界で、いじめの問題は昔からあります。

 

ぼく自身は、自分が不快になることへの対処を早い段階でしてきたので、深刻な問題になることはありませんでした。

 

小中学校時代はそのような感じです。

 

そして、高校時代は今思えば信じられないほど平和な男子校生活をしており、当事者になることはおろか、いじめ自体見聞きすることが一度もありませんでした。

 

ただ、何か一つボタンのかけ違いで大変なことになっていたかもしれません。

 

いじめの被害を受けて精神的に病んでしまったり、最悪のケースとして自殺してしまうようなニュースを見聞きすると心が痛みます。

 

特に10代の頃は、学校という狭い世界で過ごしていて、それが全てだと思ってしまいがち。

 

ただ、その世界は永遠ではなく、意外と終わってしまえばそれまで。

 

『嫌われる勇気』で読んだ“共同体感覚”

 ベストセラーの『嫌われる勇気』の中で、このようなくだりがあります。

 

学校の外には、もっと大きな世界が広がっています。そしてわれわれは誰しも、その世界の一員です。もしも学校に居場所がないのなら、学校の「外部」に別の居場所を見つければいい。転校するのもいいし、退学したってかまわない。退学届一枚で縁が切れる共同体など、しょせんその程度のつながりでしかありません。

 

本当にそうで、いくら卒業式で寂しい思いをしようと、その後の人間関係はよほど丁寧につないでおかないと続かないものです。 

 

だんだん結婚する割合が増えてくればなおさらです。

 

ですから…。

 

ひとたび世界の大きさを知ってしまえば、自分が学校に感じていた苦しみが、「コップの中の嵐」であったことがわかるでしょう。コップの外に出てしまえば、吹き荒れていた嵐もそよ風に変わります。

 

あなたを苦しめている人のせいで病んでしまったり、死んでしまったりなんて、まったく必要のないこと。

 

戦ってもやりすごしても逃げてもいい。確かに、そこが難しいのを承知で書けば、嫌われようが関係ないのです。

 

 

それではまた。